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東京都北区の歴史
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所在地 北区岸町1-12-26









 王子稲荷神社境内には『狐の穴跡』、『額面著色鬼女図』、『願掛けの石』があります。
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所在地 
北区岸町1-12-26 (王子稲荷神社)

国認定重要美術品
 額面著色鬼女図
     昭和9年(1934)9月認定

 日本画家・蒔絵師として著名な柴田是真作の額面著色鬼女図は、天保11年(1840)2月初午に、江戸住吉の砂糖承認の同業組合である明徳講が、商権の拡大を願って奉納した絵馬です。
 絵馬は、凡そ縦190cm、横245cmの大きさで、画面いっぱいには、酒呑童子の家来茨木童子が化けた鬼女の姿が描かれています。
 源頼光の家臣渡辺綱は、女に化けた茨木童子の退治に出かけ、その女の片腕を切り取ってしまいました。6日後のこと、鬼女は、切り取られた腕を取り返すべく、渡辺綱の伯母に化けて、綱の屋敷を訪れます。鬼女は、腕を取り返すや否や、伯母から変じて目を怒らせ、口を開き、疾風のごとく空中に飛び去りました。
 この画の麗美な衣装とグロテスクな面貌との対照が場面の凄みを高め、人々を慄然とさせ、是真の名を世に知らしめる契機となったと伝えられます。
 平成22年(2010)11月 東京都北区教育委員会


所在地 北区岸町 王子本町

 この坂は、王子稲荷神社の南側に沿って東から西に登る坂で、神社名から名前がつけられています。また江戸時代には、この坂を登ると日光御成道(にっこうおなりみち)があり、それを北へ少し進むとさらに北西に続く道がありました。この道は姥ヶ橋(うばがばし)を経て、蓮沼村(はすぬまむら)(現板橋区清水町)まで続き、そこで中山道(なかせんどう)につながっていました。この道は稲荷道と呼ばれ、中山道から来る王子稲荷神社への参詣者に利用されていました。
 平成5年(1993)3月 北区教育委員会 




所在地 北区岸町1-15-25

本園は嘉永年間(1848~1854)王子村の名主畑野孫八が自邸に開いた江戸情趣豊かな庭園で台地の斜面を巧みに利用し自然の風景を取入れ園内の滝は古来王子の七滝の一つとして著名です。
明治時代の手法を残す都内でも数少い貴重な景勝地です。 



男滝
女滝
独鈷の滝


所在地 北区岸町2

名主の滝公園の北端に沿って台地へ登る曲がりくねった坂道である。坂名の由来は、江戸時代の絵図にある三平村の名からとも、室町時代の古文書にある十条郷作人三平の名からともいわれている。農家の人が水田へ下る道路であったが、名主の滝への道としても利用されたようである。

 平成2年(1990)3月  北区教育委員会


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