東京都北区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 北区豊島 昔、この場所には明治~大正期につくられた豊島ドッグと呼ばれる堀割がありましたが、軍の施設でもあったため、陸軍が荒川(現隅田川)の水運を利用するために掘ったといわれているだけで、詳細な資料は残されていません。しかし、現在でも、石積みの護岸が地価に残っており、かなりしっかりした構造のものであったことがうかがわれます。 このドッグは、現在の豊島2丁目から王子6丁目に至る堀割で、石神井川の新河口を経て隅田川と連絡しており、板橋火薬製造所王子工場で製造された弾薬などをこの堀割を通して隅田川まで運び出していたようです。水路の幅などからみて、小型の船舶が現存の豊島中学校付近にあった船溜まりで方向転換しながら、往来していたものと思われます。現在の豊島公園は、このドッグを埋め立てた土地の上につくられたものです。 PR |
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永山
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